FUJIスピードウェイ 50周年記念 コレクション
FISCOスペシャルセット ・1976 コジマKE007 ♯51 長谷見昌弘選手
・1978 NOVA53S ♯19 星野一義選手
FISCOスペシャルセット
超高速コース「FISCO専用デザイン」
●1976 コジマKE007 ♯51 長谷見昌弘選手
1976年日本で初開催されたF1グランプリ。当時は1戦のみのスポット参戦が可能であったため、富士スピードウェイのコース特性やドライバーの長谷見昌弘選手の体格に合わせてコジマKE007は開発された日本製のF1マシン。予選第1セッションでは4番手につけ世界の強豪を相手に速さを見せており、更なるタイムアップが確実視された予選第2セッションのアタックラップ中に最終コーナーでフロントサスペンションが折れてクラッシュし、マシンは大破してしまった。
チームはサーキット周辺にあった大御神レース村の協力により、モノコックの新造などKE007を新たに造り直して、決勝レースに出走を果たした。決勝レースは雨の中行われ、Team Lotusのマリオ・アンドレッティ選手が優勝、長谷見昌弘選手は11位で完走した。
●1978 NOVA53S ♯19 星野一義選手
1978年、富士グランチャンピオンシリーズ初の国産オリジナルシャーシーでのチャンピオンカー。1970年代、富士グランチャンピオンシップは富士スピードウェイを象徴するレースイベントであった。シリーズ当初は、マーチやシェブロンなど外国製シャーシーが総合力で勝っていた一方で、数チームはカウルのみに留まらず、オリジナルシャシーを制作して参戦していたが1978年、ついに星野一義のドライブするノバ53Sにより年間チャンピオンを獲得した。ノバ53Sは非常に個性的な外観と、速さ、そして勝利かリタイアのレース内容によりこの年のGCにおける一番の主役であった。
翌年は富士GCのレギュレーションがシングルシーター車両の参加も可能となり、フォーミュラカーをベースとしたシリーズへと徐々に変貌していった。ノバ53Sもシングルシーターに改造されたノバ54Sとなり富士GCに継続参戦を行っていたが、スポーツカーとして設計された車両でフォーミュラカーベースの車両に対抗することは厳しく、美人薄命のごとくサーキットから消えていった。
※サイズ表の数値は当店にて計測したものです。
※計測についてはサイズガイドをご確認ください。